「ノーマ、行った?」が最近、フーディーの間のあいさつだ。「ノーマ」とは、「エースホテル京都」で2023年3月15日から5月20日まで、10週間の期間限定で開催されているポップアップレストラン。言わずと知れたコペンハーゲンの名店「ノーマ」は、“世界一予約が取れない”ことで有名だ。そんなレストランが京都に、何しに? 噂のプラチナチケットを運よくゲットした一人の食いしん坊が、手持ちスマホで撮った写真と共に現場からリアルリポート(自腹!)。
伝説だらけのレストラン「ノーマ」。ミシュラン三つ星はもちろんのこと、「世界のベストレストラン50」では5回も1位に輝いたオバケのような存在(「世界ベスト50」は以降、一度1位を獲ったら殿堂入りというルールに変更された)で、人気絶頂だというのに2024年末で店をクローズすると発表しちゃったものだから、ますます予約困難に拍車がかかっている。オーナーシェフを務めるのは、レネ・レゼピ。2003年、弱冠25歳でコペンハーゲンに「ノーマ」を設立したが、料理歴は15歳の時から。「エル・ブリ」などの一流店で腕を磨いた鬼才は、「ノーマ」を伝説のレストランに磨き上げ、また、独自性に満ちた料理や営業スタイルも大いに話題をさらってきた。詳しくは「ノーマをおさらい!」記事でぜひご確認を。
ところで、そんな「ノーマ」が京都でのポップアップ開催を発表したのが、昨年のこと。「ノーマ」はこれまでにも、東京(2015年)、シドニー(2016年)、メキシコ(2017年)の3回、数週間にわたる大規模な「期間限定移転」を実施しており、もはや驚くことではない。一人当たりの食事代(ドリンクペアリング含む)は、東京の約7万円→シドニーは不明→メキシコでは約8万円に。この時は「The New York Times」のPete Wells記者に「1食8万円のメキシコ料理なんておかしい」と酷評されたりしたけれど、そんな記事などものともせずプラチナチケットは発売早々に完売し、多くのメディアがその価値を絶賛した。しかもメキシコを含む南米料理はその頃から世界のフードシーンを席巻するトレンドになり、「ノーマ」が行くところで何かが起こるというのが常識になったのだ。
そして京都。10週間に用意されるシートは約5000席で、初回分発売日には予約開始9分で売り切れた。過去開催時のウェイティングリストも毎回数万人規模となり、京都もしかりと予想される。ニューヨークの記者は今回も来ないだろうけど、「ノーマ京都」のシートは1席約12万5千円。「10万を超える日本料理はおかしい」なんてもう誰も言わないし、席を埋めるのは、半々かそれ以上の割合で海外のフーディーたちだ。席代+旅行代=一体いくらに?! もはや、無敵。「ノーマ京都」は、レストラン業界でも今年最大のビッグイベントなのだ。席代が高い? iPhoneやバッグを我慢すれば良いではないか。このチャンスを逃す手はあり得ない(そう自分を言い聞かせた)。
申し遅れたが、私、元「ELLE gourmet」編集部員の山口繭子といいます。今回、運の良いことに、4月のプラチナシートがゲットできた次第。持つべきもんは食い友(クイトモ)である。彼がどうやって席を確保したのか不明ながら、この日集まった4人は、飲食店に勤めるシートゲッターの友人、大阪の謎のフーディー美女、東京の謎のフーディー男子、謎でも何でもない私という構成だった。友人以外は初対面。要するに友人、「とりあえず確保できるテーブルを押さえた!」ということだったんだろうと推察する。
噂によると「エースホテル京都」はこのために、まだ正式にオープンしていなかった3階のメインダイニングをノーマ仕様にリノベしてノーマチームを迎え入れたそうな(6月にはここ、ちゃんと新規オープンする)。そしてこの日の客層のインターナショナルぶりったら、「ここどこ?」感満載もいいとこだ。そういえば先日、シンガポールの食イベントで会ったアジアのフードジャーナリストたちも「ね、いつ行く、ノーマ?」と、食事の合間にコソコソ話をしていたな。
テーブルの合間を忙しく歩き回るスタッフの数が、またすごい。聞けば今回、オーナーのレネシェフを含めて約95名のスタッフが来日。さらに、家族や飼い犬まで一緒だという。暖簾や提灯、そして店内外のグリーンが生き生きと美しく、天井からは巨大な昆布が何十本もぶら下がっていたこともお伝えしておこう。食材リサーチや試作、インテリアデザインや器使いに至るまで、2015年に比べても相当グレードアップしているのが明らかだ。
いよいよ食事が始まった。最初にペアリングはアルコールにするかノンアルにするかを尋ねられ、ノンアルアレルギーの私は迷わずお酒のペアリングをオーダー。2015年の「ノーマ東京」では、日本のワインや日本酒が非常に新鮮なペアリングで提供され、その時の楽しい記憶が残っていたのだ。
最初に登場したのは「八寸」とのこと。もちろんノーマ流。「八寸」とは、懐石料理の最初に出てくる、彩り豊かな料理が細々と盛られた一皿で、西洋のテイスティングコースだと「スナック」とか「前菜」と称される。初めにお伝えしておくが、味わいの一つ一つを細かくレポートするのは、やめておこうと思う。だって、「麦麹と赤しょうが」とか「ポーレンのジェル」とか聞いて、「あぁ、あれね」と思い浮かぶ日本人がどこにいる? 「ノーマ」だけでなくイノベーティブ料理を得意とするレストランでは、このように、いくつもの「?」が脳内に溢れる料理が出てくることが多い。こういうのに対して私は、理解や学習は実はそんなに大事なことではないと思っている。それより、何か強いインパクトを感じたり、脳内に自分なりに景色を思い浮かべる方が、きっとその後記憶に残る。現に、2015年の「ノーマ東京」で食した“くわい”や栗の野生味や食感は、まだ私の中に残っている。
……と、それっぽい言い訳で逃げることにするが、最初の八寸で「今回のノーマは、前回とはまったくの別物だ」というのが伝わってきた。食材の苦さや青さがみずみずしく、「桜の時期の京都を表現します」と言われたことが味わいからわかる。
次に出てきたのは、海藻のしゃぶしゃぶ。スモークしためかぶのだしでしゃぶしゃぶし、青海苔を発酵させたしょうゆとシーベリー、幅海苔の香りを移したポン酢につけて食べるもの。「ポン酢」という3文字にここまで独特の世界観を込めることができるなんて、やはり天才、というかちょっともう、おかしい。
そういえば、レネシェフの初来日は2009年で、京都の名料亭「菊乃井」の村田吉弘さんによる招聘がきっかけだったそう。わずか1週間の旅で味噌蔵やしょうゆ蔵、酒蔵、豆腐屋に昆布屋と巡り歩き、「これは旅するだけじゃダメだ。長期滞在して学ばないと」と決意したという。家族を自国に残しての長期滞在は難しく、いっそ家族や店のスタッフごとみんなで長期滞在すればいいじゃないかと考えたのが、ポップアップレストランの着想に繋がったというから、村田氏の功績に今更ながら拍手を贈りたい。
ところでみなさん、「ノーマ」といえばアリですよね? 2015年の「ノーマ東京」では、縞海老を並べた上にアリがまぶされた一皿が大いに話題になったものだった。多くの日本人はこのビジュアルに度肝を抜かれ「アリっておいしいのか?」とよく聞かれたが、今から思えばこの質問って無意味かも。「ノーマ」が元々標榜している思想は、「地産地消」だ。北欧には、日本や欧米とはまったく異なるフードカルチャーがある。いや、カルチャーというよりは生きる知恵に近く、それが発酵技術や塩味・酸味の使い方だ。夏の間に採れる食材を発酵して保存することで、厳しい冬にも味わえるようにする。柑橘類が実らない北限の地では、アリに含まれる「蟻酸(そのまんまだ)」の酸っぱさを料理に用いる。そんな北欧のストーリーを世界中に伝えようというのが、「ノーマ」の料理のルーツなのだ。
では、今回の舞台は京都なのだから柚子でも甘夏でも使えばいいじゃないという話もあるけれど、そこはやはり「ノーマ」。味噌のクリスプの上に白海老、桃の木の樹液のジュレ、アリを添えた一品は、ノーマ魂を感じさせる料理としてとても楽しい。前回と同じく「長野産アリ」を用いたというのも、“食材”としてアリを考えるきっかけとなった。氷塊の上にごく薄切りにした紋甲烏賊のウイスキービネガーマリネを載せたものも、白海老のチュクチュクした食感と共演しているかのようで、さすがのセンス。
以前は「アリだ! ほんとにアリが出たぁ〜!」と興奮したことをここに白状するが、今回は一周回って「あぁ、アリですか。なるほど」という穏やかな気分。昆虫食のトレンドもあるし、本当に「ノーマ」は世界のあらゆる食シーンの先端を走ってるよねと改めて感じる。
そしてこちら。「日本人のお客様は、なぜかこの料理に異常に反応してくれます」というのはスタッフの弁で、どれどれ……と言いながら、我らのテーブルもそうなった。「タケノコとヤリイカのだしです」と説明されたけれど、そんな簡単なものではない。燻製したとうもろこし、いわゆる「コーン節」は鰹節のトウモロコシ版みたいなものだそうで、そのだしでタケノコにゆっくりと火入れして、ジャスミンティーとヤリイカのソースを合わせたもの。ひと匙口に入れた時の香りが素晴らしく、同時に「ひゃー!」とするくらいの冷たさが、最初の一連の料理を締める合図みたいな役目も果たしていた。
続いて、今度はふんわりと温かい魚の切り身。メカジキとのこと。「テストキッチンではそれこそ、死ぬほどいろんな生魚を試しました。どうしても一皿は生の魚を出したくて」と、スタッフ。メカジキのハラミが最優秀賞を獲得してここに。昆布とバターを合わせたソースは、今までの料理とは真逆のわかりやすいおいしさだ。こういう味わいを突然、スッと挟んでくるところも心憎い。
「お豆腐と生アーモンド」と題された料理。この日の自分のメモを見返すと、この料理のところではたった一言「なにこれ?!」と書いてあった。私よ、ちゃんと仕事しろ。ただ、この後に続く味わいの強さを考えると、ここでいったん非常に味わいの優しいものを入れたのではないだろうか。美しい花はナスタチウム。爽やかな辛みがあり、削りおろした生のアーモンドやあわせだし、甘酒のソースにアクセントを添えていた。
今回の「ノーマ京都」は、「これまでの長い年月で積み重ねた懐石料理の研究や旅の記憶を元に、京都の桜の季節のおいしさを表現した」という。なので、淡さや苦さ、青さや鮮度を感じさせる食材が次々に登場しては、「海外のトップシェフが京都を表現するとこんな感じになるのか」という逆の立場からの発見が多かった。
フィナーレに差し掛かる頃からは「今日はきっと、肉料理は出ないな」という予感がしてきた。北海道産のキンキは、西京焼きと塩焼きに。が、西京焼きはエルダーフラワーの味噌に漬けられたもので卵黄のソースをまとっているし、キンキの頭は昆布塩で焼き上げたもの。「手で食べてみてください」とスタッフに言われ、そうしてみた。指先がベトベトになるが、なんだかすごく楽しい!
「どう見てもこれ、鴨肉だよね」とみんなで盛り上がった一皿は、蓮根のステーキ。シジミだしや卵黄、バターに米酢を合わせたソースをたっぷりとつけて食べる。どうやったらこんな素敵な組み合わせを思いつくのか、シェフの思考回路は理解不能。
山菜のグリルは、バターソースで火入れ。中央の煉瓦色のソースは伊勢海老の味わい。……ということはこの後にもしかしたら?
やはり伊勢海老登場! 蒸し上げた後、バラとかんずりの香りを移したオイルを塗って炭火焼きにしているそう。山椒の芽が効いているが、見えないところではスモークしたかぼちゃのペーストがいい味を出していた。これにて、焼きものは終了。
肉も出ないし、そういえばパンも出なかった。けれど、それがどうしたっていうの。心は満ちていて、お腹もいい具合にふんわりとしてきた。懐石料理なら、ここでごはん登場かなと思ったら、本当に土鍋で炊いたごはんが出てきた。しかしそこは「ノーマ」。「緑米と薔薇のごはんでございます」という。薔薇?! スタッフの方がふたを外すと、そこにはほかほかと湯気をあげる青いごはんと、美しい薔薇の花びらが。長い人生を生きてきて、炊き立てのごはんもたくさん食してきたけれど、薔薇トッピングは今日が初めて。古代米と薔薇の組み合わせは、意外にまとまりがよく驚いてしまう。
そういえば、レネシェフは幼少期を祖父の故郷であるマケドニア(旧ユーゴスラビア)で過ごしたという。マケドニアといえば、香りの良いオールドローズで知られる国だ。素晴らしい名声を得た今ではあるけれど、かつては苦労した時期もあったと聞く。シェフの心象風景がこの土鍋の中に宿っているのかなとふと思った。
バラのごはんで満足感に浸っていたら、最初のデザートで再び度肝を抜かれることに。「柚子ソルベと貴醸酒」と名付けられたこの料理をよく見てみて。なぜか柚子ソルベはシジミの形。「カカオバターで作っているのかなぁ」と首を傾げていたのは同席の飲食関係者だが、そもそもなぜ柚子ソルベをシジミに模して作るのか? しかも皿は巨大な昆布。「ノーマ京都」は、最後まで謎かけの手をゆるめない。あっぱれだ。
懐石でいえば水菓子(季節の果物)が出る最後の一皿。フランス料理だとメインデザートやミニャルディーズに当たる。さぁ「ノーマ京都」では何が?……と身構えていたら、意外に優しげな茶菓子が登場。左から、「苺の餅」「スイートポテト」「カニステル(エッグフルーツ)」。この前に出た「シジミの形の柚子ソルベ」の衝撃がまだ抜けず、右上の白いクリームの正体を聞き忘れたどころか、食べるのも忘れていた……。
キレキレな料理の数々をご覧いただいたけれど、テーブルに来て説明してくれるスタッフの方々は、本当にハートウォーミングでサービスは温かい。チケットを取ってくれた恩人(右。京都のイノベーティブレストラン「LURRA°」の宮下拓巳さん)に説明をする左の女性は、テストキッチンでヘッドを務めるメッテさん。彼女以外にも本当にたくさんのスタッフがテーブルを訪れてくれ、中には日本人もちらほら。一人一人の表情を思い出せるくらい、皆さん、個性を上手に表現している。これも、「ノーマ」の持ち味かなぁと思わせる。
文字通り、夢のようなランチが終わった。12時半からスタートして3時間。瞬く間に過ぎ去ったが、旅の後のような気持ちになっていることに気づく。私が今日この場で食べたものは、体にとっても栄養だが、それ以上に心に養分を与えてくれたに違いない。
最後、行ってみたいと思う方に。ワンチャン狙うなら、公式ウェブサイトのウェイティングリストへの登録をおすすめする。特に「一人でもいい、シェアテーブルでも構わない」という項目に日時候補も多めにチェックを入れておけば、もしかしたら入れるかも? それに、今回無理でも「ノーマ」は今後、世界中でポップアップレストランを行うと発表している。日本にもまた来るかもしれないし、「ノーマ」を訪ねて海外を目指すのだってエキサイティング! コペンハーゲンの店は閉まるが、これまでになかった形で「ノーマ」はサステナブルに営業する形を模索している。まだまだ、味わえるチャンスはあるのだ。
Noma
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