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Saturday, May 23, 2020

NYの三つ星レストランが炊き出し施設に変身、シェフが語る飲食業界の未来 - マイナビニュース

NYの三つ星レストランが炊き出し施設に変身、シェフが語る飲食業界の未来

米ニューヨークのレストランEleven Madison Parkの厨房には、鴨専用の冷蔵庫がある。頭部をフックで吊られて1列に並んだ鴨たちは、蜂蜜とラベンダーを摺りこまれ、モダンアートの如く皿に並べられるのを待っている。

鴨料理は、ダニエル・ハム氏の自慢の一品。2006年に引き継いだマンハッタンのブラッスリーを、世界有数の高級レストランへと変貌させた男だ。3時間かけて食事をとるタイプの店で、予約はコンサートのチケットのように購入しなければならない。

「カメラマンは皆これを撮りたがるんです」。4月上旬のとある午後、鴨専用冷蔵庫の隣に立ってハム氏は言った。彼が話しているのは、数週間前に終わりを告げた過去の生活のこと。Eleven Madison Parkを含むニューヨークの全てのレストランやバーが店内飲食営業を無期限で休業し、彼の目の前にあるガラスケースはまだジューシーな鴨で満載だった。今ではミッドタウンに無数にある量り売り惣菜屋で入れてもらうようなテイクアウト用の紙箱が山のように積まれている。箱の中身は――本日のメニューはボロネーゼパスタに、ブロッコリーのローストと自家製フォカッチャ。原価は人件費含め約5ドル(540円)。一時帰休を余儀なくされた300人の従業員を中心に選抜された12人の少数精鋭隊は、今日一日で3000食分を作ろうとしていた。市がコロナウイルスと戦う中、病院スタッフや必要としている人に食事を届けているNPO団体Rethink Foodと協同で行っている活動だ。活動が開始した4月1日、Eleven Madison Parkは飲食業界史上最高級の炊き出し施設となった。

【画像】厨房スタッフの手を借りながら、テイクアウト用の箱に料理を詰めていくダニエル・ハム氏(写真)

名高きニューヨークのグルメシーンがパンデミックに徹底的に打ちのめされた超現実的な例だ。およそ2万6000軒の飲食店と35万人の労働者は必死の思いで家賃を支払い、家族を養い、復職の見込みがあるか、そして3月に天災の如く襲来したウイルスに壊滅させられた飲食業界が、どこまで元に戻れるかと思いを巡らせている。世界で最も繁盛していたレストランの経営者ハム氏でさえ、パンデミック後の飲食業界にEleven Madison Parkの居場所はないかもしれないと覚悟している。だからと言って、彼が業界の未来創生に乗り気でないわけでは全くない。「世界は変わりました」と、柔らかなスイス訛りでハム氏は言う。「まだそれが理解出来ていない人がいるなら、こんなことを言うのは気が引けますが、変わったんです。しかし楽しみでもあります。これまではどこか型に縛られていたところがありました。今、我々の前にはこの上なく真っ白なキャンバスが広がっているんです」

飲食業の売上額はアメリカの年間GDPの4%を占める

43歳のハム氏は14歳から厨房で働いている。アルプスの五ツ星ホテルで名を上げた後、2003年に渡米。以来、ミシュランガイドの常連となった。いわば、彼は現在の危機を「楽しみだ」と言える恵まれた環境にいる、稀有な集団に属していると言えよう。だが、飲食業界が突如お先真っ暗となったとき、彼も他の人々と同様に衝撃を受けた。ほとんどのレストランオーナー同様、最初に頭に浮かんだのは従業員を守ることだった。だが、すぐに無理だと気がついた――少なくとも、従来のやり方では。「今回の一連の出来事で学んだことは、あっという間に孤立無援になる、ということです」と彼は言う。「雇われる側には理解できないでしょう。彼らは雇い主が何とかしてくれるだろうと考えますが、無理なものは無理です」

Eleven Madison Parkも飲食業界、とりわけニューヨークの飲食業界の例に漏れず、わずかばかりの利益で営業していたため、レストラン業界は特に、長期化するロックダウンを乗り切る準備が出来ていなかった。高騰する家賃、人件費、原材料費に、デリバリー費用、その他様々な要因で、個人オーナーの手元に残る現金はほぼゼロの状態だ。「過去10年間、レストラン業界は過剰なほど厳しい制約を受けています」と言うのは、ソーホーにあるカフェWest-Bourneのオーナー、カミラ・マーカス氏。「うちの営業利益率は良くてせいぜい10%。それがレストランの目標値です。大半の業種では、売上の90%が飛んでいくなんてあり得ないでしょう。考えてもみてください。他のどの業界でも、こんな常識は通用しません」

政府と医療業界に次ぐアメリカ最大の業種にしては、不安定なビジネスモデルだ。ある業界団体によれば、飲食業の売上額はアメリカの年間GDPの4%を占め、1200万人(間接的なものも含めればさらに数百万人)の雇用を創出している。全米のレストランの大多数が個人経営だが、今まで単一事業所が政治的影響力を持ったことはない。あまりに多種多様な業界だからというのもあるが、個人オーナーは金の工面以外の心配をする暇がない、というのもある。「小さなレストランには非常に難しいですね」と、イグナシオ・マトス氏は言う。ジェームズ・ビアード財団賞の受賞歴を持ち、ニューヨークに3軒のレストランを構えている。「業界のシステムは、個人事業主を支えるようには出来ていないんです。ろくな保護もありません。頼れるのは自分だけです。食い物にするような連中が多過ぎる中、利潤は雀の涙ほどしかありません」

このままでは全米の個人経営店の75%は営業を再開することができないとの予測

個人経営のレストランがコロナウイルスを乗り越え、1年は尾を引くと見られる不況を乗り切る可能性が万に一つでもあるならば、この業界も変わらねばならない。ニューヨークの著名なシェフやレストランオーナーたちは3月24日付のニューヨーク・タイムズ紙の寄稿記事の中で、すでに議会で可決されている救済措置よりもさらに大胆な支援策がない限り、全米の個人経営店の75%は営業を再開することができないだろう、と予測した。

支援金を勝ち取るべく、マーカス氏や記事の寄稿者の数名らは個人経営飲食店連立(IRC)を立ち上げた。3月25日、新型コロナウイルスが原因の合併症でこの世を去ったインド系アメリカ人シェフ、フロイド・カルドス氏を偲んで設立された団体だ。マーカス氏は、州レベルでの変革を呼びかける全米レストラン救済機会(ROAR)の立ち上げにも関わっている。「希望があるとすれば、業界が初めて、具体的かつ明確に組織された形で、ひとつに団結したことですね」とマーカス氏。「このような事態を招いた問題を全て解決するには、核となる支援団体の存在が不可欠だと思います」

3月27日、連邦議会はコロナウイルス支援・救済・経済安全保障法(CARES法)を可決し、中小企業支援策として給与保護プログラム(PPP)に3500億ドルを割り当てた。個人経営店のオーナーにとっては大惨事だった。融資資金は2週間も経たないうちに底をつき、Shake ShackやRuths Chrisといった大手飲食店グループが率先して融資を受け取った(後に両社は、合わせて3000万ドルを返納している)。だがどのみち焼け石に水だっただろう。同プログラムは返済免除の条件として、融資額の75%を従業員の8週間分の給与に充てること、と定めているからだ。オーナーにとっては店舗家賃やその他支払いが滞るばかりか、この先何カ月も続く問題にたった8週間しか対処することが出来ない。この短い期間が終わる頃までに店を開き、これまで通り営業を続けられないと、せっかく雇い直したスタッフを再び解雇しなくてはならなくなる。

生き残るのは改革を起こせるところだけ

IRCは議会に書簡を送りプログラムの改編を要求したが、4月21日にPPPに3200億ドルが追加されても、大きな変化はなかった。「議会は各地の地元のレストランが永久に閉店することになっても気にしないことが、本日はっきりいたしました」とIRCは書面で対抗し、全米で急増する失業保険申請者のうち60%は元飲食業従業員である一方、サービス業に割り当てられたPPPの融資は全体の9%にも満たない、と指摘した。

「この短時間で発生した大量解雇は、構造的・長期的問題になる恐れがあります」とマーカス氏。「他の業界とは違うんです。パッと再開しても直ちに全員復職出来るわけではありません。立ち上げにお金がかかることは、レストランを開業したことがある人なら誰でも知っています。売上の50%減は妥当な予測だと思います」

仮に再開出来たとしても、レストランは前代未聞の向かい風に直面するだろう。目前に迫る景気後退は可処分所得の減少を意味する。それに加え、密閉された空間に密集することを躊躇する風潮や、コロナウイルスの第二波が訪れれば、さらに自宅待機命令が続く可能性もある。デリバリー人気は高まるばかり。自宅待機で再評価されるようになった、自宅調理もまた然りだ。「うちの店は34席が全て埋まってやっと儲けが出ます」と言うのは、マンハッタンに小さなレストランを数軒構えるゲイブ・スタルマン氏。「34席が全て埋まらないと元が取れません。17席埋まらなければ無理です。続けられません」

コロナウイルスの襲来以前から、業界はビジネスモデルを見直す必要があった。今後はそうすることを余儀なくされるだろう。個人経営店のオーナーは、この先何年続くかわからない休閑期間を見据え、工夫された解決法を編み出す必要がある。「今後、多くのレストランが閉店することになるでしょう。再開出来たとしても、自分たちのビジネスモデルが通用しないことに気づくのではないでしょうか」。がらんとしたEleven Madison Parkのホールの角席に深く腰掛け、テイクアウト用の透明プラスチック容器に入ったコーヒーを啜りながら、ハム氏は言う。「間違いないと思います。生き残るのは改革を起こせるところだけでしょう。大きな変化を目の当たりにすることになると思います。本当に。私にとって、全てのことに新しい意味が出来ました。今は自問自答しているところです」

業界の仕組みを変える新たな取り組み

ハム氏が思い描く改革にも答えがいくつか必要になるが、少なくともそのうちのひとつはRethinkにあるのではないか、と彼は考えている。ハム氏のスタッフがブロッコリーの茎を刻み、ボロネーゼを取り分ける間、マット・ジョズウィアック氏とウィンストン・チウ氏はEleven Madison Parkの厨房の裏にあるオフィスでビデオ会議や、レストランで備蓄していた衛生用品の在庫を確認していた。ジョズウィアック氏はEleven Madison Parkの厨房で働いていたが、2017年に退職し、戦略主任を務めるチウ氏とRethinkを設立。設立目的は、レストランや食料品から出る食品廃棄を再利用して、炊き出し用の食事を作ること。Rethinkは、コロナウイルスが業界全体の仕組みを根本から変えるチャンスだと考えている。それはすなわち、業界の見られ方も変えることでもある。

「レストランは経済活動への入り口です」とジョズウィアック氏は言う。「僕は低所得家庭に生まれました。カンザス出身で、大学に行く余裕がなかったので、皿洗いとして働き始めました。1時間働いて15ドル貰える唯一の仕事です。レストランでは従業員研修が受けられますし、言語スキルも学べます。賄いも出ます。レストランとはコミュニティーなんです。ただビジネスの競争に呑まれてしまった。今こそレストランを評価するべき時です。ミシュランの星の数がどうとかではなく、コミュニティーセンターとして評価するべきです」

短期的には、Eleven Madison ParkとRethinkの協同活動は困っている人々を養うと同時に、現金収入ももたらしている――スポンサーのAmerican ExpressとResyのおかげもあり、ハム氏はスタッフの一部を再雇用することが出来た。ハム氏には、このモデルを永続させることが出来ない理由が見当たらない。「私の前にあるのは、食料と飢えです」と彼は言う。「今は1日3000食を作っています。ここにスタッフは12人だけ。ある意味、かなり楽な商売ですよ。それなら、なぜ普段からこうしていないのでしょう? なぜ危機が起きるまで放っておいたのでしょう? なぜこの国から飢えがなくならないのでしょう? 食料も厨房の数も十分足りています」

RethinkはEleven Madison Parkのモデルを全国で展開したいと考え、フロリダからカリフォルニアまで、レストランオーナーとコラボレーションを交渉している。「僕たちはレストランに現金を渡したいんです」とジョズウィアック氏。「最低限の収入源が確保出来れば、レストランも営業を続けられ、スタッフも雇用し続けることが出来ます。状況が良くなるに連れ、この仕組みも定着し、完全な現金不足に陥らずに済みます」。このような仕組みを最終的には連邦政府に運営してもらい、パンデミック後も継続してもらいたいと、ジョズウィアック氏とチウ氏は考えている。

レストランの役割を再定義する

レストランがケータリングを始め食事に困っている人々に手を差し伸べ、通常の店内営業に戻った後もこれを継続するという考えにハム氏は惹かれている。彼はこれまでも料理界のイノベーターと呼ばれ、業界全体が進む方向とは真逆の道を歩むのも厭わなかった。こうした姿勢が、2017年Eleven Madison Parkに世界最高のレストランの称号をもたらした。その年の夏、ハム氏は当時のビジネスパートナー、ウィル・グイダラ氏と共に、店を文字通り解体し、一から建て直した。ハム氏曰く、今年の秋にも再改装を予定していたが、パンデミックによって業界全体が生きるか死ぬかの瀬戸際に追い込まれてしまった。「今の時点では、Eleven Madison Parkを続けるかもわかりません」とハム氏。「私たちは常に次のステージを探しています。今がそのときです。この店にとっても、クリエイターの私にとっても、これが私の決断です――他でもない、私の心の声がそう言っているのです」

自分の持っている物で困窮している人々に食事を提供しているレストラン経営者はハム氏だけではない。人道支援家でもあるシェフ、ホセ・アンドレス氏は、自ら設立したWorld Central Kitchenを通じて何年もこうした活動を続けている。5月5日には、ジム・マクガバン下院議員(民主党、マサチューセッツ州代表)や他数名の議員と組みFEED法案を提出した。可決されれば、必要としている人々に食事を提供しているレストランが連邦からの援助を受けられるようになる。他にもルカ・ディ・ピエトロ氏は、マンハッタンで経営していた5軒のレストランのうち4軒を休業せざるを得なくなった後、Feed the Frontlines NYCという団体を設立し、直接コロナウイルス対策に乗り出した。「仕事に戻れる人がいて、食べる物に困っている人がお腹を満たせるなら、Win-Winじゃありませんか」とディ・ピエトロ氏は言う。

レストランの存続は、こうした包括的かつ画期的な取り組みにかかっているのかもしれない。その根底にあるのは、滞りなく経営することだけではなく、コミュニティーを育み、そしてもちろん食事を提供したいという願いがある――それこそまさに、多くのレストラン関係者がこの業界に入ったそもそもの理由だ。史上最大の危機の真っ只中で飲食業界が再構築に動き出す中、そうした根本的な目的を維持できるか? パンデミックをきっかけに、多くの人々が思いを巡らせている。

「僕が作りたかったのは、人々が集う場所です。そこで思い出が作られ、人間関係が生まれ、コミュニティーが生まれ、生活が豊かになるような場所です」とスタルマン氏は言う。現在は失業した従業員のために、無料の食料品店を運営している。「デリバリーなり自宅調理なり、新たな世界を想定してビジネスモデルを変え、持続可能な方向に転換することも出来るでしょう。業界にとっても上手くいくかもしれない。だけど、それが僕のやりたいことなのだろうか?」

ハム氏の強い決意

ハム氏も、Eleven Madison Parkでの最初の数年間について考えていた。その頃は毎朝6時30分には厨房に立って仕事に取り掛かっていた。「不思議なもので、今の気持ちと非常に似ているんです」と、しばらくぶりに鴨専用冷蔵庫のない古い厨房で作業することになった、Rethinkとの再出発について語った。3月末からはニューヨーク中の炊き出しを見て回り、運営方法を学んだ。

ハム氏にとって苦しい時期だった。スタッフが茶色のテイクアウト用の紙箱に料理を詰めるようになる前の日、ハム氏はUberでブルックリン・ネイビーヤードにあるRethinkの本部に向かっていた。そのとき、彼の携帯がメールで溢れた。

「おい、聞いたか?」。ハム氏はメールの文面を思い起こした。「さっきフロイドが亡くなった」。フロイド・カルドス氏はハム氏の親友だった。彼のレストランTablaは長いこと、Eleven Madison Parkの隣で営業していた。「全身の感覚がなくなりました」と、カルドス氏の訃報を聞いたときのことを語った。

Uberの後部座席に座る間、彼の頭の中はグルグル回り始めた。彼はマスクを着けていなかった。着けるべきだろうか? 手袋は? もしかしたら運転手は感染しているかもしれない。彼の前に乗った乗客はどうだったろう? Uberがネイビーヤードに到着し、彼は下車した。前にも来たことがあるが、何もかもが違って見えた。「ただただ立ち尽くしていました」と彼は振り返る。「正直、どうやって前に進んだらいいかわかりませんでした。あれは本当に、本当につらかったです。他に誰もいなくて、寒くて、どこもかしこも灰色でした。自分がどこへ向かっているのかもわからなかった。ただショックで、身体が動かなかったんです。あの瞬間は一生忘れないでしょう」

彼はなんとかチウ氏に電話を掛けた。そして自分がここに来た理由も思い出せた。自分の店は閉鎖したが、スタッフのほんの一部の少ない人数での炊き出しでも、人々に食べ物を提供することは出来る。「とにかく、それが自分のやるべきことだったんです」とハム氏は言う。「このまま突っ立って死んでいくか、それとも前に1歩踏み出すか。要するに、ひたすら前に進み続けるだけ。進み続けるしかないんです」

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本記事は「Rolling Stone Japan」から提供を受けております。著作権は提供各社に帰属します。

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May 24, 2020 at 08:45AM
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