食のあり方や、飲食業界のあり方を変えていくため、より多くの飲食店・レストランがサステナビリティに配慮した運営ができるよう支援している団体がある。英国に本部があるSRA(SUSTAINABLE RESTAURANT ASSOCIATION)の日本支部、日本サステイナブル・レストラン協会だ。そんな日本サステイナブル・レストラン協会の加盟レストランを巡り、先駆者となってサステナビリティへ向かう飲食店の取り組みを紹介していく連載シリーズ「FOOD MADE GOOD」の第15回目。
今回ご紹介するのは、石川県奥能登の一軒家レストラン、「日本料理 富成(とみなり)」。金沢から車で約2時間、里山と田園に囲まれたのどかな場所に位置する。オーナーシェフの冨成寿明(とみなり としあき)さんが生まれ育ったこの能登半島は自然が豊かで、昔は蛍やウナギなどが数多く生息しており、川魚も豊富にとれていたそうだ。
しかし、冨成さんが2008年に料理の修行をしていた大阪から能登半島に戻ると、豊富だった能登の食材が消滅しつつある現状に胸を痛めたという。冨成さんは自分が生まれ育った里山を守るため、環境保全の活動をスタートした。今回は、地域全体が再生するための「自然と共生する仕組みづくり」について冨成さんにお話を伺った。
話者プロフィール:冨成寿明(とみなり としあき)さん
山で山菜を採り、海や川で魚を釣り、父と料理することが楽しみだった幼少期。料理人の道に進むため大阪の専門学校を卒業後、大阪の料亭や京都のホテルで修行。2008年に父親の仕出し店を継ぐ。2013年「日本料理 富成」に業態を変更。2018年には「町野川再生プロジェクト」を立ち上げ、環境保全や地域活性化の取り組みも精力的に行っている。「ミシュランガイド北陸2021」1つ星&グリーンスターを獲得。
自然が遊び場だった。蛍やドジョウをつかまえて遊んだ幼少期
子どもの頃から冨成さんにとって、父の仕出し店の厨房や近所の里山は遊び場だった。
「父からは食材の探し方、自然の中での遊び方、色々なことを教えてもらいました」と、冨成さんは懐かしそうに当時を振り返る。川には蛍やドジョウが生息し、多様な生物たちが今の何倍もいた──冨成さんは、そんな豊かな自然に囲まれて育った。幼い頃から目が悪く、父親に「ウナギを食べれば目が良くなる」と言われて、頻繁にヤツメウナギ(※)を食べていたそうだ。
※ヤツメウナギは、寒い地域の河川に生息する細長い魚。一般的な「ウナギ」とは関係ない生き物で、分類学的に魚類ではないとされており、顎を持たない無顎類と呼ばれている。
料理人を目指しはじめたのは小学校3年生のとき。担任の先生がお店に来た際に、冨成さんが腕を振るって作ったオムライスを先生が喜んで食べてくれたことがきっかけとなった。そのときの「美味しかったよ」の一言が嬉しくて、料理人の道に進むことを決意。子どもの頃から人を喜ばせることが好きで、料理人は「誰かの笑顔を作れる仕事」だと感じていたと、冨成さんは話す。
変わり果てた故郷、能登半島の姿
高校卒業後は、大阪で修行を積み、7年後の2008年に能登半島に戻ってきた。そこで大きく変わってしまった故郷の姿に驚愕したという。過疎化と高齢化が進み、人口は大きく減少、その半分が65歳以上という状況だった。
また、蛍やドジョウも姿を消し、豊富だった能登の食材が消滅しつつある現実も突きつけられた。幼い頃によく食べていて自分のルーツでもあったヤツメウナギを食材として使おうと思っていたが、環境省の絶滅危惧Ⅱ類に指定されるほど稀少なものになっており、もう手に入らなかった。
「これからこの地で跡を継ぎ店を経営していくのに、このままでは店の継続が難しいかもしれない」
そうして冨成さんは、「里山を守る」ことを決意する。
川が再生すれば、地域全体が再生する
能登は地域に根ざした里山里海が集約した地域であり、2011年に「世界農業遺産」に認定されたほどだ。しかし、毎日食材を求めて山や川に入り、漁港に足を運ぶ冨成さんは、日々その変貌ぶりに強い危機感を抱いている。本来、豊かな自然から生み出される食材が豊富にあるはずなのに、収穫量が年々減り続けているのだ。
その原因の一つに、「ネオニコチノイド」の使用がある。1990年代に登場した農薬の一種で、害虫防除に大量に用いられるようになったが、近年環境や人体への影響が指摘され、EUではすでに規制が進んでいる。日本でも農地で使用されるこの農薬が川や海に流れ込み、生物が住めない環境となっていることが指摘されているのだ。
こうした状況を変えようと、冨成さんは石川県立大学の柳井教授と一緒に、能登および輪島市を流れ、日本海に注ぐ「町野川」の保全活動を行っている。環境科学科柳井研究室では能登半島の里川から捕獲したカワヤツメ(ヤツメウナギの一種)を人工ふ化させ、約1万尾の稚魚を得ることに成功した。その稚魚の一部を使い、2017年から放流会を開催。2019年より冨成さんも関わるようになった。カワヤツメは、およそ7年後には約50センチメートルの大きさで町野川に戻るという。
冨成さんは、カワヤツメの生態や人工ふ化、地域のヤツメ文化についての勉強会も開き、貴重な資源を次世代につなぐきっかけ作りをしている。2019年4月からは町野川漁業協同組合と共に「町野川再生プロジェクト」をスタート。地域の人から寄付を募ったり、プロジェクト賛同シールを販売したりすることで得た資金で、ヤマメやアユ、カジカの稚魚を定期的に放流している。また、川の資源であるモクズガニや山の資源である山菜、野草、キノコなどを商品化し、売上の一部を里山と川の再生の予算に回す活動も行っている。
学んだことをヒントに、経済を持続可能に回す仕組みを考え、実験的に行う冨成さんは「究極を言えば、川が再生すれば、山も海も田んぼも、地域全体が再生する」と話す。活動の幅はさらに広がりを見せ、オーナーシェフとして忙しい日々を送る中、無農薬無肥料でお米や野菜も作っている。
「環境保全のために、無農薬無肥料でお米と野菜づくりを始めて4年になります。周りには無農薬無肥料で農業をしている人も少なく、知識も少ない中だったので最初は収量があがらず苦戦しました。YouTubeで勉強したり研修を受けたりして、少しずつ理想の農業に近づけています」
「最近ついに、仕事終わりに暗い中で草刈りをしていると、田んぼ横の用水路で蛍を3匹見つけたんです。田んぼにタニシや水生昆虫などの生き物が増えてきたことも実感しています」
冨成さんの里山を守る活動は、実は川だけにとどまらない。
「山菜やキノコなどの天然食材も野菜と同じで、その場所の環境などで収穫量や味が大きく変わるんですよ。意外かもしれませんが、山に入る人が少なくなると、山が荒れていく。山が荒れると山菜が育ちにくくなったり、一本一本が細くなってしまったりするんです。だったら、自分で山に入って手入れしようと思い、許可を得て山の管理もはじめました」
未来を支える子どもたちへの環境教育授業
冨成さんは、カワヤツメ(ヤツメウナギの一種)の放流会がきっかけで、地元の小学生や中学生向けに食育や環境教育の授業も行っている。そこでは、昆布、カツオ、貝、そして水で作ったお味噌汁を飲んでもらい、ダシ当てクイズを開催。また、お寿司の授業では、農家の協力を得ながら中学生が育てた無農薬無肥料のお米を使い調理実習をしている。自分たちで作ったお米でお寿司を作り、みんなで味わうことが、普段口にしている食べものや自然の恵みに感謝する大きなきっかけになるという。
「大人になって能登を離れてしまう子が多いと思います。でも、あのとき、あの人こんなこと言っていたな、と能登の魅力を思い出して帰ってきてくれるきっかけになったら嬉しいですね」
レストランを経営するだけでなく、里山の保全などさまざまな活動に精力的に取り組んでいる冨成さん。「都会の料理人ができることと、能登にいる自分ができることは違うので、自分にできることを最大限やっていきたい」と、優しく強い眼差しで未来を見つめた。
編集後記
大切な故郷が変わっていく姿を目の当たりにすると、悲観し立ち止まってしまいそうだが、常に動いている冨成さん。自身が出来ることを一つ一つ積み上げ、故郷を守ろうとしている。レストランを経営しながら、どこにこれほどの時間とエネルギーがあるのかと思うほどだ。
そこで思い出したのが子どものときから人を喜ばせることが好きだったという冨成さんの幼少期だった。里山を守る活動も、地域の人々や子どもたちの笑顔をつくっている。料理人を目指すきっかけとなった「誰かの笑顔をつくる仕事」をしたい、という意志が、現在の活動につながっているのだろう。
自然と共生するということは、現代社会において決して簡単なことではない。結果が出るのも時間がかかる。しかし、地域と連携しながら一つ一つ丁寧に取り組んでいくことで、必ず未来は変わっていくことを、冨成さんの活動が教えてくれている。
【6/15(水)イベントを開催!】
2022年6月15日(水)、SDGs・サステナビリティへの取り組みを始め、推進するためのヒント満載のセミナー【地域と共生する!レストランのサステナビリティとは? 〜石川・輪島の事例】を開催。サステナビリティの重要性が飲食・レストランでも認識され始めている今、飲食店・レストランにおいて、実際にどのように取り組んだら良いのか、具体例をお届けします。
■ イベント概要
開催日時 | 2022年6月15日(水)15:00~17:00(受付開始14:40〜) |
講師 | ・下田屋毅氏 一般社団法人 日本サステイナブル・レストラン協会 代表理事 ・冨成 寿明氏 日本料理「富成」(石川県輪島市)代表 ・表 秀明氏 (株)Innovation Design(東京都) サステナブル デザイン室長 ・伊藤 健史氏 ニッコー㈱ 陶磁器事業部 国内営業部 北陸営業課長 |
参加費 | 無料 |
タイムテーブル | ・15:00- 開演・挨拶 ・15:10- 「レストランにおける SDGs・サステナビリティとは?」(下田屋氏) ・15:40- 『能登の里山と人を元気に』~地域との共生(冨成氏) ・16:00- 「レストランにおける SDGs・サステナビリティの推進」~店舗スタッフとの共有と教育(表氏) ・16:20- 陶磁器メーカー・ニッコーの取り組み(伊藤氏) ・16:50- Q&A・まとめ |
開催方法 | Zoomを使用したウェビナーでの開催となります |
Zoom参加 | Peatixより申し込みください ▷Peatixページ:https://nikko-sustainablity01.peatix.com/ |
【参照サイト】世界農業遺産とは/能登里山里海
【参照サイト】能登町と県立大 カワヤツメ稚魚を放流/能登町
【参照サイト】石川県立大学/能登半島の里川に棲むカワヤツメの人工ふ化に成功!地元小学生を対象に放流会開催
Edited by Erika Tomiyama
からの記事と詳細 ( 地元の食材を“絶滅”させない。里山レストラン「日本料理 富成」の哲学【FOOD MADE GOOD #15】 | 世界のソーシャルグッドなアイデアマガジン - IDEAS FOR GOOD )
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