「文藝春秋」1月号(12月10日発売)の特選記事『ニッポンの社長・正垣泰彦(サイゼリヤ会長)』を公開します。 ◆ ◆ ◆ イタリアンレストランチェーン「サイゼリヤ」がコロナ禍への対応の1つとして、レジでの接触機会と硬貨の取り扱い量を減らすべく、年間約2500万食を売る看板商品の「ミラノ風ドリア」を7月1日より税込み299円から300円に変更するなど全面的な価格改定をすると6月に発表した。1円、5円、10円硬貨の使用を減らし、取り扱い硬貨量の80%削減を目標に掲げる。 国内で約1100店舗をチェーン展開するサイゼリヤが店内メニューの差し替えやレジの設定、従業員マニュアルなど、たいへん手間のかかるはずの変更作業を一斉に断行して、このような改定策に打って出る辺りに、非常にシステマティックで科学的な企業風土を見た。現在、33都道府県にチェーン展開するほか、中国などの海外に約400店を拡大中で、年商は約1600億円を上げる。 ミラノ風ドリアは、1983年の発売以来、少なくとも1年に10回は、原材料や調理・加工など何らかの変更を重ねている。創業者で代表取締役会長の正垣泰彦は、「変えるのは簡単な理由からですよ」と真顔で話す。 「売れていれば変えたりなんかしない。売り上げの結果が数字ではっきり出るからね。売れなくなるのはありがたいよ。だから、どんどん改善して、よりおいしくなるんです」 東京理科大学の物理学科出身。年が改まれば75歳になる。話を聞いていると、素粒子に熱エネルギー、作用反作用、エントロピーの法則、ニュートリノ、ついには相対性理論と物理用語が次々に飛び出す。 少し紹介すると、グラスワインは白・赤ともに驚くことなかれ1杯100円である。しかも美味い。ランチのメニューでは、メイン料理に、前菜のサラダ、おかわり自由のスープバーが付いて500円と、なお徹底している。安かろう悪かろうの商品であったなら、国内で1000を超える店舗のチェーンになどなるはずがない。 「いまのコロナも不況もそうだけど、お客さんが来なくなったり、売り上げが落ちたりして、嫌なことがいっぱい起きるでしょう。そのときこそ、商品も働き方も改善しなきゃいけない。だから、困ったときこそ最高なわけ。ピンチはチャンスというでしょう。ピンチは、それまでの自分を変えるチャンスなんですよ。最悪のときこそ最高なの。自分が変われば、見える世界がまるっきり違ってくる」 工場を併設した本社を埼玉県吉川市に置き、都心には東京本部オフィスを構えている。その東京オフィスの小さな一室で、キャスター付きの背もたれ椅子に座って、両足をぷらんぷらんと子どものように揺らしながら、雑談でもするように独特の経営観が繰り出されてくる。数理学の教養を豊かに持ちつつ、「商品のコストなんて考えたことない」、「儲けようと思ったこともない」と、その語り口は融通無碍である。
本文:6,509文字
写真:4枚
樽谷 哲也/文藝春秋 2021年1月号
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