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Monday, February 8, 2021

街を心を、照らすレストラン。「また近いうちに!」と誓ったインドネシア料理 - 朝日新聞社

連載「パリの外国ごはん」では三つのシリーズを順番に、2週に1回配信しています。
《パリの外国ごはん》は、フードライター・川村明子さんと料理家・室田万央里さんが、暮らしながらパリを旅する外国料理レストラン探訪記。
《パリの外国ごはん そのあとで。》では、室田さんが店の一皿から受けたインスピレーションをもとに、オリジナル料理を考案。レシピをご紹介します。

今週は川村さんが心に残るレストランを再訪する《パリの外国ごはん ふたたび。》をお届けします。コロナウイルスの感染拡大でお店での食事がかなわない今、テイクアウトで「ふたたび」です。

家の近所を出歩くだけだと、それほど普段と様子は変わらない。近所の商店街に数軒あるレストランとカフェは閉まっているけれど(飲食店の営業は店内に客を入れずに、テイクアウトのみ可能)、それ以外の商店は営業しているし、私の住むエリアは住宅街で学校が多く、お昼休みや下校時刻には、通りが一気ににぎわう。

一方、中心地に出かけると様子が違う。間口の広い飲食店の数が多い分、それらの店が軒並み閉まっていると、それだけで辺りが閑散として見える。

先日、以前からテイクアウト営業もしていたクレオール料理の店に出かけたら、閉まっていた。12月にもその店は閉まっていたのだ。その時の貼り紙がそのままあった。そんなことが増えてきた。再び開いて欲しいと願わずにはいられない。

ぬる~い現地の空気を思い出しそうな、どこか暖かい地の料理を食べたかった。同時に“おかあさん”と呼びたくなるような主が店に立つ食堂に行きたかった。これまでに「パリの外国ごはん」で訪れた店のリストを眺め、今の気分にかなう一軒の名が目に留まった。リュクサンブール公園脇にあるIndonesiaだ。

オデオン駅で降り、駅前に連なる明かりのついていないカフェを横目に、オデオン劇場に向かって歩いて行くと、劇場前の階段には寒空の中、テイクアウトしたらしいランチボックスを手に昼休みを過ごす人たちが4組いた。Indonesiaのある通りに出たところで、店の様子をうかがった。軒に掛けられた国旗がはためいている。「あ! たぶん、開いてる」。ホッとしつつもまだドキドキしながら近づくと、店先に出された黒板のメニューが見えた。

街を心を、照らすレストラン。「また近いうちに!」と誓ったインドネシア料理

エビと鶏肉の揚げ餃子(ギョーザ)やガドガド(ピーナツソースをかけたサラダ)などの前菜のほか、牛肉のココナツミルク煮にごはん、鶏の串焼きサテソースにナシゴレン(インドネシアの炒飯)といった、一皿でも食事が完結しそうなプレートが書かれている。出入り口の扉だけでなく、普段は閉められているガラス戸も全開だ。中をのぞくと、脇にテーブルが並べられ、その上におかずが見えた。

「Bonjour(こんにちは)!」。店の奥に声をかけると、厨房(ちゅうぼう)近くに腰掛けていた女性が顔を上げ、振り向いた。前回訪れた時、とても親切に説明をしてくれたマダムだ。笑顔でやってきた彼女に「黒板に書かれたランチメニュー以外の、アラカルトも注文できますか?」と聞くと、「もちろんできますよ。あとは、ここにある“今日の料理”も」。そう言って、例の総菜コーナーを示した。

街を心を、照らすレストラン。「また近いうちに!」と誓ったインドネシア料理

「日替わりの料理もあるんですね!」。声を上げた私に、マダムは一つずつ丁寧に説明を始めた。客席用のテーブルをくっつけてしつらえられた台は、一般的な販売カウンターよりも高さが低く、前に立つと、どこか懐かしさを覚えた。学園祭やどこかのバザーでお弁当やお菓子を並べた机の高さと、距離感がそっくりだ。

どれも食べてみたくなったが、その気持ちを抑制し、おかずには鶏のファルシ(詰め物料理)のカレーと、エビのショウガとレモングラス炒めを選んで、ごはんとビーフン炒めをつけてもらうことにした。

いかにも手作り然とした春巻きも気になって聞いてみると、具は野菜だけと言う。隣にあるガレットも同じく具は野菜だけで、つなぎには卵を使っていないらしい。「粉は、米粉ですか?」と聞いたら「米粉とタピオカ粉、それに小麦粉を合わせているんですよ」と、自分ではしたことのない衣の組み合わせの答えが返ってきて、がぜん興味が湧いた。

街を心を、照らすレストラン。「また近いうちに!」と誓ったインドネシア料理

「じゃあ、春巻きとガレットも二つずついただきます」。そう伝えるや、マダムは、端に置いてあった家庭用炊飯器のようなものの中に、春巻きとガレットを落とした。全く予想していなかった流れに、え?!と驚いて身を乗り出したら、それはフライヤーだった。毎回、注文を受けるごとに、その場で揚げるのだそうだ。

写真を撮っていいかと尋ねてから、実は前に食事に来た時に記事を書かせてもらった、と伝えた。私だけではなくて、イラストを描く友人と一緒にやっている連載で……と続けると「あ~、思い出した! あなたのお友だち、あの時おなかが大きかったでしょう? 出産したのですか?」と、彼女は言った。意表をついた返事に、またも私は驚いて、記憶をたどった。「そうだったかもしれない。いや、そうだ!」。答えながら、その日、デニムのオーバーオールにタンクトップを着ていた万央里ちゃんを、窓際の席に座ったその背景とともに思い出した。

少しこみ上げてくるものがあった。2年半以上前の話だ。こうして、いつも接客しているのだろうなぁと思った。

街を心を、照らすレストラン。「また近いうちに!」と誓ったインドネシア料理

それからしばしおしゃべりをした。今はどこも大変だろうけれど、この店も例に漏れず、とても厳しい状況だ、と彼女は言った。毎日、今日も営業することができた、と思いながら踏ん張っている、今日が過ごせるかどうかに必死で明日のことはわからない、そういう毎日だ、と。

そして「今日来てくれて本当に良かった。来週はたぶん閉めると思うから」と言われた。「今日来て、本当に良かった!」そう答えることしかできなかった。

帰り際、「à bientôt(また近いうちに)!」とお互いに笑顔で手を振り、私は店を後にした。

街を心を、照らすレストラン。「また近いうちに!」と誓ったインドネシア料理

家について器を開けると同時に、ショウガの匂いがぷわーんと広がった。欲張った私の期待に応えるかのように、目いっぱい詰まっている。

まず下に、白米とビーフン炒めが半分ずつ。エビの炒め物がごはんの上に、鶏のファルシのカレーがビーフンの上に盛られていた。ビーフンは、店で見た時には白かったけれど、カレーを吸い込んだのだろう、薄いカレー色になっていた。

エビの炒め物には、玉ねぎとインゲンがたっぷり。とろみのついていない、とてもさっぱりした“エビのチリソース”のような味わいで、ヒリヒリするような辛さはないものの、食べているうちにじわーっと汗をかく。タレの絡んだごはんがまたおいしい。

肉団子の部分だけが見えていた鶏のファルシは、フォークで事足りるかと思っていたら、切れなかった。それで裏を見てみると、薄く開いた鶏のもも肉に、鶏肉団子を詰めているのだとわかった。肉団子にはズッキーニ、ニンジン、ネギがたくさん混ぜてあり、よくこねたことが感じられる弾力だ。ココナツミルクをふんだんに使ったカレーの味と、ビーフンは好相性だった。汁を吸い込んだビーフン炒めは、もともと甘じょうゆっぽい味付けだったようだ。このビーフンだけをメインに食べたい、あとを引く味だった。

街を心を、照らすレストラン。「また近いうちに!」と誓ったインドネシア料理

その場で揚げてくれた春巻きは、春雨とニンジン、キャベツが具で、ほんのりカレー風味だ。口当たりはサクッと軽やか。コショウがすごく効いていて、食欲を刺激した。ガレットは、衣がたっぷりめのかき揚げのような感じで、ボリュームがある。具はネギとニンジン、それにキャベツ。どちらも、塩味がしっかりしていたから、スイートチリソースをつけずに食べた。

一度に全部は食べられなくて、残った分を、夜に食べた。温めないほうが良い気がして、冷えたまま食べたのだけれど、それがまたとてもおいしかった。

もしかしたら閉まっているかもしれない……それでも来週、また買いに行こうと思う。

Indonesia(インドネジア)

  • あ~また戻ってきたいなぁ。インドネシア料理「Indonesia」

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    《パリの外国ごはん》 

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  • PROFILE

    川村明子

    東京生まれ。大学卒業後、1998年よりフランス在住。ル・コルドン・ブルー・パリにて製菓・料理課程を修了後、フランスおよびパリの食を軸に活動を開始。パリで活躍する日本人シェフのドキュメンタリー番組『お皿にのっていない時間』を手掛けたほか、著書に『パリのビストロ手帖』『パリのパン屋さん』(新潮社)、『パリ発 サラダでごはん』(ポプラ社)、『日曜日はプーレ・ロティ』(CCCメディアハウス)。
    現在は、雑誌での連載をはじめnoteやPodcast「今日のおいしい」でも、パリから食や暮らしにまつわるストーリーを発信している。

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