飲み込む力(嚥下(えんげ))が弱くなった筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者が味わえるように工夫した海外の料理のレシピが考案された。スーパーで買える身近な材料で調理でき、本場の味を安全に食べられるのが特徴だ。外出の機会が限られた在宅療養の患者が、世界旅行気分で各国の名物料理を堪能する「ALSレストラン」へようこそ−。
日本橋(中央区)の栄養管理支援アプリ開発会社「おいしい健康」が開発したレシピを使った昼食会が十一月下旬、千葉県市川市の医院で開かれた。
往診と外来を合わせて同県や都内の患者約百人を診療する吉野英(ひいで)医師(64)の医院。クリスマスの飾り付けをした会場に三十代から六十代の患者男女七人と家族が集まった。
メニューはイタリアのチーズリゾット、シンガポールのサテ(マレー式串焼き)など東南アジア、欧州、米国の計六品。「サテの鶏肉が軟らかく、ピーナツソースが甘くておいしい。できなくなることが増えて精神的にきついと感じる時もあるが、今日は前向きになれた」。両腕の自由が利かない井上宗政さん(67)が笑顔で話した。
料理は同院の看護師五人が自宅で下ごしらえをして持ち寄った。嚥下リハビリを行う言語聴覚士の有馬直樹さん(36)が、とろみをつけるなど飲み込みやすくなるようチェック。事前に集まって試作し、入念に準備をした。例えばリゾットではブイヨンを多めにして軟らかくしたり、パンケーキの生クリームを多めにすることでのど越しをよくする工夫をした。
吉野さんは「嚥下障害や手が不自由になると食べる量が減り、筋肉が落ちる。病気の進行を遅らせるためには食事が治療になる」と指摘する。たくさん食べてもらうには、楽しくておいしいことが重要だ。「口に含むだけでおいしさや旅行気分を味わえるレシピは生きよう、頑張ろうとする力につながる」と話す。
レシピを制作した「おいしい健康」の管理栄養士北村文乃(あやの)さんは、高齢者施設の勤務経験があり嚥下食に詳しい。「食材を細かくして歯茎でつぶせる硬さにし、必要な栄養を確保できるのが基本」。海外の味をおいしく再現するポイントは「いかにも嚥下食と見えないような盛り付けで、味や香りを工夫すること。身近な食材で簡単に料理できることも必要」と話した。
昨年末から田辺三菱製薬(大阪市)が運営するALSの情報サイト内に、「おいしい健康」の協力で特集ページ「世界を旅するALSレストラン」が開設された。コロナ禍で外出が難しい中で、患者がウェブ上で海外旅行を楽しめるように、料理と街の見どころを紹介。現在は「東南アジア編」「ヨーロッパ編」「北米編」で計十八レシピを掲載。ALS患者だけでなく、かむ力が弱くなった高齢者も楽しめる。
また「おいしい健康」の自社サイトには、嚥下の難しい人も食べられる約一万件のレシピが公開されている。
文・五十住和樹/写真・隈崎稔樹
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